VISION

インターネットやゲーム機といった最新のメディアを介したレシピ共有や調理支援アプリケーションなどにより、家庭における料理・調理をデジタルテクノロジが支援する時代が現実となってきました。また、オーブンレンジなどの最新の家庭用調理機器は、様々なセンサを内蔵したコンピュータ制御技術を搭載し、手間なくおいしい料理を作ることを支援します。最新のガスコンロ等に導入されている制御技術はキッチンの安全性を高める役割を果たしています。

その一方で、これらの家庭における料理を支援する技術が、これまで実現出来なかったことがあります。それは、プロの料理人が長年の修行を通して身につけるような調理スキルを調理者自身が習得することです。高度な火加減の調節や、振る、混ぜるといった動作、徹底した時間管理などから生み出される味は、家庭料理ではなかなか近づけない世界です。シェフとして開業したいわけではなくとも、プロ並の料理を作りたい、ちょっといつもより背伸びした料理がしたい。日常生活の中で、このような経験を生み出すために、私たちは研究開発を開始しました。

このようなビジョンから生まれたのが、家庭のキッチンにいながら、プロの腕前にも負けない料理を楽しむことができるシステム "panavi" です。panaviという名前は、(フライパンや鍋などを指す)"pan" にナビゲーションの "navi" を合わせた造語です。現在私たちがお見せできるpanaviのプロトタイプは、温度や加速度を検知するセンサを内蔵したフライパン、フライパンと通信しあうレシピ表示システムを連携させたものです。調理の各工程において常に適切な温度を保ち、また振る、混ぜる、あるいは冷やすといった動作の指示にしたがいながら、調理を進めていく仕組みです。

現在のpanaviで体験できるレシピは「ローマ風カルボナーラ」です。これは生クリームなどを使わず、卵とチーズのみで作る本格的なレシピで、高度なスキルが要求されるイタリア料理の代名詞です。カルボナーラに限らず、卵料理の火加減は非常に繊細です。オムレツなどの他の卵料理も、少しでも加熱しすぎると固まってしまい元に戻りません。panaviを使えば、手際の良さと、繊細な温度調節が求められるローマ風カルボナーラが上手に作れるようになります。

ただし、panaviは調理中の状態は教えてくれますが、調理行為そのものは何も助けてくれません。パスタを茹でるのも、コンロの火をつけるのも消すのも、かき混ぜたり振ったりするのも、すべて調理者自身の手で行わなければいけません。そのため、料理初心者の人が初めてpanaviを使ってカルボナーラを作ったら、失敗してしまうかもしれません。panaviは誰でも失敗せずに料理が作れる調理器具ではなく、調理者の調理スキルの向上を助けるもの、調理者と一緒になって料理を楽しむためのものなのです。panaviを使って何度かカルボナーラを作っているうちに、適切な火加減の調節を身につけ、上手に作れるようになるはずです。

もっとも、開発の途上であるこのシステムは、まだまだ「プロの腕前を身につける」ためのものとしては不十分です。さまざまなレシピのバリエーションをがあれば、よりたくさんの料理が楽しめるでしょう。温度や動作以外のセンシング・ナビゲーションがあれば、より高度な専用レシピを作り出せるでしょう。フライパンだけでなく、他の鍋や包丁、まな板といった他の調理道具にも同様の機能が盛り込まれれば、より幅広いナビゲーションが生み出せることでしょう。panaviはまだ、小さな一歩を踏み出しただけですが、より人々の生活を豊かにするシステムとして発展させることが、私たちの目標です。